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平成23年度日本高校生訪中代表団第3陣 団員の感想
「訪中から日中関係を考える」
私は今回の訪中を通して中国に対する見る目が出発前と比較してすっかり変わってしまった。これは自分でも驚くようなことだ。
訪中前、私の中国という国の印象は正直なところあまり良くなかった。歴史問題や反日運動。また共産主義の我々日本人とは全く違う人たちの住む国だと思っていた。
しかしである。私たちはまず北京に降り立ったわけだが、そこで第一の驚きに直面した。それは建物を見たときだ。私の住む仙台はあまり高層ビルがない。しかし、北京は東京をもしのぐように高層ビル群が立ち並ぶ。その光景に、中国の現在の経済成長が見てとれ、まだ開発を進めている姿には恐ろしさすら感じた。但し、商店などをみると格差社会という現実が発生しているようにも見え、そこがいまだに中国を新興国というポジションにしている原因なのだと考えた。
さて、私が最も感銘を受けたのは武漢で学校の見学及び学生と歓談した時だ。私の中では中国人=反日であった。だが、ホームステイ先の家族は温かく迎えてくれ、市場などにも行かせてくれた。非常に暮らしやすく、楽しいホームステイをさせていただいた。それにしても多くの日本人は一方的に中国との友好を深めることを拒否しているのではないだろうか。しかし、彼らは日本という国をアニメや漫画で知っているだけでなく、日本と中国が協力すべきという趣旨の話をしていたのだ。これには正直驚いた。
また、英語教育が早い段階からなされており、学力の高さをうかがわせていた。日本人はいまだに中国や韓国との間にできた学力差を信じ切れていない節がある。私もその一人だったが、この現状をみてその意見を覆すことにした。確実に日本は遅れを取ってしまっている。
私たちはまだ、中国の一部しか見ていない。しかし、その中でも中国は確実に日本をはじめ海外の文化を取り入れ始めていると感じた。中国が遅れた国であるというような古い考えは、私は捨てた。中国は日本人が思っているよりもずっと速いスピードで進化をつづけている。中国と日本はもちろん文化的には大きな違いがあるが、多くの点で類似点もある。どちらが優れているという考えを捨て、共に協力するという気持ちがあれば日中友好は成功すると感じた。
(宮城県2年男子)
「訪中を終えて」
中国に行こう-
訪中団のチラシを見たとき、ほぼ直感的にそう思いました。それは、どうと言うことのない毎日を送っていた私が、非日常を求めた瞬間でした。きっかけは単純で、訪中にかける気持ちもそれほど大きいものではなかった11月、私は中国がどれほどすばらしい国かを全く理解できていませんでした。
中国について、まず思ったのが、ここの人達は親切だなと言うところです。特に、私と同じくらいの年齢の人達は、いろいろなところによく気がついて、様々な場面で助けてもらいました。また、中国人はとても頭が良く、物事の考え方1つとっても私では遠く及びませんでした。学ぶ意欲がとても強いんだな、と感心したのをよく覚えています。
次に、食事です。中国の食事はとても油が強く、胃腸薬なしではとても耐えられないほど強烈なものでした。しかし、日本にある中華料理よりも、味付けが深く、本場でしか味わえないようなおいしさがありました。
また、私が今回の訪中で目的としていたことは「中国人は日本人をどう思っているのかを知る」ということでした。日本と中国は昔戦争で関係が悪い時代があったので、今の中国人はそれをどう思っているのか気になったからです。ホームステイ先の高校生男子に聞いたところ、彼は次のようにいいました。「世界中の人間が仲間であり、家族だ。それに、戦争は僕たちの祖父たちがしていたことで、今を生きる僕たちはそれを気にしてなどいない」この話を聞いたとき、私は自分がとてもばからしく思えてきました。若い中国人はすでに前を向いて、先に進もうとしています。対して、私たち日本人は?私自身もそうですが、過去のことにとらわれすぎているのではないか、と思います。今回の訪中で、私は大切なことを1つ学びました。自分の目で、耳で、心で感じなければ、自分なりの正しい答えは絶対に出てこないということです。私は実際に中国に行くことで、行く前とかなり中国に対する印象は変わりました。もし中国に行かなければ、この先もずっと悪い印象しか持ち続けていなかったと思います。相手をよく知ること、その先にこそ真に良い関係というものがあるのではないか、そう思えるような1週間でした。
(宮城県2年男子)
「中国を訪問して」
緊張のなかスタートした中国での最初の夜、私はみんなに誕生日をお祝いしてもらいました。先生も知らなかったそうで、まさか中国で誕生日を祝ってもらえるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったです。みんなの前で少し恥ずかしかったですが、一生忘れられない日になりました。
万里の長城は、思っていたよりもずっと高く、傾斜も厳しくて最後まで登ることができませんでしたが、途中で見た景色がとてもきれいでした。あんなに長くて高い階段の道を造った昔の中国の人はすごいと思いました。
学校見学では、英語の授業を見学したときは、私は英語がほとんどできないために、先生と生徒が何を話しているのか全く分かりませんでした。日本と中国の英語の授業のレベルの違いにとても驚きました。体育の授業では、中国の学生と一緒にバドミントンをしました。言葉は分からなくても、交流ができて楽しかったです。
ホームステイでは、やっぱり英語が話せなくて、相手が何を言っているのか分からなくて大変でした。言っていることの意味を理解できても、うまく返事を返せなくて電子辞書などを使って、ひとつの会話をするのにも一苦労でした。でも、近くの公園まで行ってバスケットや卓球をしたり、大きなショッピングモールに連れて行ってもらったり、楽しい時間を過ごしました。日中高校生交歓会のあとも中国の学生と日本の学生合わせて10人くらいで、ショッピングモールに遊びに行きました。
次の日の朝、お別れするときに、「元気でね、日本に帰ったらもう一度私たちのことを思い出してね。」と言ってくれて、私は「ずっと忘れないよ。」と返事をしてバスに乗りました。バスが出たあとも、見えなくなるまで手を振って見送ってくれました。
最初、ホームステイは言葉も話せないし、本当に不安で心配で、正直もういやだとか、もう早く帰りたいとか思っていたのに、お別れのときには、もう少し一緒にいたかったと感じていて、自分でも少し驚きました。私がもっと英語が話せたら、もっと色々な話ができて、もっと楽しかっただろうと思ったので、これから英語の勉強を頑張ろうと思います。本当に、楽しくて充実した一週間でした。
またいつか、もう一度中国に行きたいです。そうしたら、またもう一度みんなのところに、会いに行きたいです。
(宮城県2年女子)
「日本高校生訪中代表団に参加して」
中国は政治的にも経済的にも日本とつながりの深い国です。その中国は今、急激に経済発展を遂げています。私が日本高校生訪中団に参加したのは、そんな中国の姿を自分の目で見たいと考えたからです。今回の訪中ではまた、中国の歴史や文化に触れることも楽しみでした。
そして、出発当日の朝がやってきました。私にとっては初めての海外です。少し不安はありましたが、どんな旅になるのかとても楽しみでした。空港にさえ行ったことがない私にはすべてが新鮮です。飛行機が離陸するときの気分の高揚は例えようもありませんでした。そして、約3時間で中国・北京空港に到着。とにかく空気が冷たく、張り詰めた緊張感に身を包まれました。その日の夜は本場の中国料理に舌鼓を打ち、北京の夜景が見える部屋でぐっすり眠りました。
次の日はまず、世界遺産万里の長城見学でした。ずっと続く長い階段を登るのには苦労しましたが、少し雪の積もった木々が山々を飾る景色は、大変すばらしいものでした。その後の学校交流会と友好協会主催の歓迎会では中国の高校生や同行の日本の高校生と楽しい時間を過ごすことができました。実は、本校からの生徒は私一人だけだったので不安もありましたが、みんながいろいろと気を使ってくれたので何とか、溶け込むことができたのです。
3日目は北京から武漢に行く前に故宮博物院見学にも行き、中国の指導者、毛沢東の肖像画を見たり、広場を見学したりしました。広い敷地にはすべて装飾が施してあり、思わず、圧倒されました。昼食後は国内線に乗って武漢へ移動。武漢は三国志で有名な場所です。そんな地に自分が立っているなんてなんだか不思議な気分でした。
4日目はまず、黄鶴楼に登りました。外から見たときは5階しかないように見えた黄鶴楼でしたが、実際は9階もあり、すばらしい壁画で飾られていました。黄鶴楼から見た武漢の景色は、首都北京とはまた違った落ち着いた雰囲気で、遠くまで続く道路と建物になんとなく、厳かな気分になりました。また、午後には、ホームステイでお世話になるお宅の高校生が通う、洪山高校を訪問しました。学校自体は普通の建物でしたが、周りはなんと瓦礫だらけ。本当にびっくりしました。その理由をきいたところ、道路を作り変えるために掘り起こしていたそうで、すぐ近くにマンションが建っているのにも非常に驚きました。今、中国は建設ラッシュです。テレビの報道では何度か目にすることはありましたが、道路もどんどん新しくなり、インフラが整えられつつあるのを実感しました。この洪山学校では太極拳を教えてもらい、その後、ホームステイ先のお宅に行きました。私は中国語を話すことはできないし、英語も苦手なので、訪中前はこのホームステイが不安の種でした。自分のいいたいことは相手に伝わるのか、相手の話をどうやって理解すればいいのか、話をすることができないのにどうコミュニケーションをとればいいかわからなかったのです。しかし、ホームステイ先の家族はそんな私に本当によくしてくれました。わからないことは何とかジェスチャーで伝えると、いやな顔もせず、気長に私の意図を理解しようとしてくれました。
5日目は日中高校生交歓会でパフォーマンスの披露会をみて、その後、日本と中国の高校生みんなでカラオケに行って盛り上がりました。中国語はわからないのでみんなで英語の曲を歌ったり、それぞれの国の曲を紹介したりして、本当に楽しい時間を過ごしました。
そして、6日目の朝。ホームステイ先の家族が見送ってくれるなか、上海へ行くべく、空港に向かいました。その際、ホームステイ先の家族はお土産にウーロン茶をくださいました。実はこれは前日に私が日本のお土産にしようとウーロン茶が買えるお店を訪ねたのを覚えておいてくれて、それを私へのお土産として持たせてくださったのです。
上海では友好協会主催の歓送会があり、みんなで中国最後の夕食を食べました。その後、上海の高層ビルが立ち並ぶ夜景を見て中国最後の夜は終わりました。
最終日、みんな中国から帰りたくないと言っていました。それほどこの一週間は充実したものでした。上海から関西空港に行くとき、こんなに中国から離れがたかったのは、多くの人と出会い、たくさんの人から助けてもらったからだと思います。私はこの日本高校生訪中代表団に参加して、中国の発展を目の当たりにし、中国に住む人々のエネルギーを感じました。それと同時にやはり中国の高校生も日本の高校生も同じなのだということを実感しました。もちろん、中国の高校生はものすごく上手に英語を話していましたけど。
(東京都1年男子)
「訪中を終えて」
一週間の中国訪問、それは私にとって一生忘れることのできない、とても内容の濃いものとなりました。
初めて間近で見た万里の長城は、世界遺産に登録されているだけあってとても素晴らしいものでした。また武漢での黄鶴楼見学は私にとって有意義な時間を過ごせた場所でした。なぜなら私は、習い事で習字を習っており、建物の中にはいくつもの書の作品が飾ってあったからです。どの作品も素晴らしく、勉強させてもらい、大変嬉しく思いました。
私は今回、実際に現地を視察し
日本が中国を見習うべき点、逆に日本の良い点を明確にすることができました。それらを実感できたのは学校交流やホームステイの時です。私達は2日目に北京市第十九中学を訪問しました。その際、授業見学をさせていただいたときに中国の高校生はハキハキとしていて、とても積極的な人たちばかりだったのを覚えています。また4、5日目にはホームステイがありました。ホームステイ先の高校生は3つ年下だったのにもかかわらず、私よりも遥かに英語が話せていることに驚きました。後から聞いた話ですが、中国の高校生は毎日夜の9時まで勉強しているそうです。それを聞き、あんなにも英語が話せるのは、やはりそれなりの努力をしている結果なのだな、と私は感心しました。私たち、またこれからの日本人学生はこのような中国人学生の積極性、勤勉さの姿勢を見習う必要があると痛感させられました。
一方、日本の良い点にも改めて気づくことができました。日本は他の国と比べて安全と聞いていましたが、確かにそうでした。盗難は少なく、交通マナーも比較的良い、また水道の蛇口をひねればすぐに水が飲めます。このように私たちが普段、何気なく生活していることも他国では当たり前ではない、ということを今回の訪中の中で知ることができました。私は過ごしやすい恵まれた環境におかれていることに日々感謝の気持ちを忘れずに過ごしていかなければならない、と強く思いました。
他にも、現地で出会った中国の高校生、日本の高校生は私にとって宝物となりました。今後も一生の友だちであり続けられるように、何らかの手段で連絡を取り合い交流していこうと思います。
最後に、このような素晴らしい経験をさせていただいたことに、日中友好会館の方々、その他今回の訪中に関わってくださった全ての皆様に心から感謝いたします。
(東京都3年女子)
「学校交流を通して」
今回の訪問で私たちは北京市第十九中学と武漢の洪山高校の2校と学校交流を行いました。
北京市第十九中学では日本でいう工業のような授業に参加し、私たちは「ねじ」を作る授業に参加させていただきました。クラスの半数ほど女子生徒がいました。
今回初めて間近でねじを作る様子を見ましたが、細部にまでこだわり、何度も微調整を行う姿を見て感動すると共に私も緊張してしまいました。私も作業を手伝わせてもらいましたが、力が必要な工程があったり、少しでも削りすぎてしまうとねじとして使い物にならなくなってしまうため、慎重に作業をしなくてはならなかったりと想像していた以上に大変でした。チームワークもとても重要で、自分の感覚だけで作れるものではないので奥が深いなと思いました。私もねじ作りに参加させていただけたことで、自分もこのクラスの一員となれたようで嬉しく感じました。
また、武漢の洪山高校では太極拳を習いました。中国では皆できるのが当たり前のようで、こちらの学校では毎朝太極拳をやるそうです。私には一つ一つの動きがとても複雑に見え、全くついていけませんでした。せっかく教えてもらえたのに覚えられなかったので凄く悔しかったです。
今回の学校交流を通して、中国の伝統を体験することができました。中国は古くから日本と交流がある国で、場所も海を挟んで隣同士ということもあり、「日本と似ているのだろう」と大まかにしか考えたことがなく、今まで特に意識をして中国の文化を学ぶことはありませんでした。実際に中国に行ってみると、生活習慣や料理、マナーが少しずつ日本とは違い、慣れるまでは苦労しました。こんなに近い国なのに日本との違いが多いことに驚きました。次また中国を訪問する機会ができたときには日本との歴史をもっと勉強してから訪れたいと思いました。
(東京都3年女子)
「日中交流を通して」
私自身、海外に行くのも今回が初めてで、この訪中の話を聞いた時は、外国の人と共にサッカーができるということで正直に嬉しかったです。中国に行ってみて、一番最初に感じたのが、空気が汚いなということでした。飛行機から下りたとき、なんとなく鼻をさす異臭がしました。その時、私は、なんて日本は空気がきれいなのだろうと感じました。翌日、万里の長城に見学に行き、そのスケールの大きさに感激を受けました。万里の長城とは、なめらかな道がひたすら続いてるイメージでしたが、角度がとても急で、少し登っただけで息切れがするほど過酷なもので凄い建造物だと感動しました。その他にも、天安門や上海の夜景を見たり、沢山中国の歴史に触れることが出来てよかったです。
サッカー交流を通しては、初めなんと声を掛けたらよいか、どうしたらパスがもらえるかなど、言葉が通じない大変さを感じました。しかし、時間が経つにつれ、少しずつ、ジェスチャーを使ったり、英語を使ったり工夫をして上手くコミュニケーションがとれるようになり、プレーの中で、自分のやりたいことや、やりたかったことなどが互いに理解できたとき、とても嬉しさを感じました。中国の選手の第一印象は、やはり日本人に比べ体格が良いということでした。ボールに対するプレッシャーの速さもとてもはやくプレーしづらかったです。それに、中国の選手の攻撃の仕方は、個人技(ドリブル)で突破していくパターンが多く、日本が目指すパスサッカーとは、まったく異なるものでした。実際にサッカーをして、サッカーとは、世界共通の大きなスポーツの一つで、たとえ言葉が通じなくても、互いに意志を理解し合える素晴らしいスポーツだと改めて思いました。そして、機会があればまた一緒にサッカーをしたいです。
そして中国に行った中で一番印象に残ったホームステイでは、私自身ホームステイも初めての経験でとても緊張しましたが、迎えてくださったホストファミリーがとても優しく、積極的に話かけてくれたので、すぐに打ち解けられることができました。夜は盛大にお食事会をし、食事をしながら中国語を学んだり、逆に私が日本語を教えたりと、互いの文化を教えあいました。今回のホームステイを通して中国人の優しさに触れることができ、その他にも、中国の家では日本のように靴を脱がないで、靴のまま生活したり、食事の際、使う箸の長さが日本の箸に比べ長いことなど、中国の生活習慣についても学ぶことができました。そして人間とは国や文化が違くても、互いに意思を共有することが出来る素晴らしいものだと感じました。
今回の中国訪問に関しては、日中両国のサッカー協会の方々や日中友好会館の方々などの支えがあったからだと感じ、とても感謝しております。このように、海外で外国人と共にサッカーをしたり、ホームステイをするなど、私の人生においても貴重な経験をすることができました。そして、私はこれからも中国と友好関係を築き、それを維持していきたいと思います。また、将来は、中国語を使う仕事や海外で働いてみたいと思いました。今回の中国での経験を活かし、残った高校生活を過ごしていきたいです。本当にありがとうございました。謝謝大家!
(岩手県1年男)
「訪中で得たもの」
訪中前の心境はとても不安でした。なぜなら、中国の人たちとうまく交流できるかどうか、言葉が分からない中で、ホームステイがしっかりやれるかどうかなど、言葉の壁にどう向かっていいかなど分からなかったからです。そんな不安を抱えたまま日本を出発し、初日の万里の長城見学では、まずは中国人の「守る」という意識の強さを感じ、その長さは日本の本州を囲むぐらいの距離があると聞き驚き、また実際の実物を見て、更に中国の技術と迫力を目の当たりにして大感動しました。そして、夜は本場の中華料理を食べられるということでわくわくし、期待していた「北京ダック」を食べることもでき、とても感激の連続でスタートしました。また、一週間の中華料理を食べ続けた中で、幅広く中華の味を堪能できたことと、食卓を楽しく囲みみんなで食べることで交流を深めることができ、食事がコミュニケーションを広げる場であることを、あらためて感じることができました。
そして、訪中で一番に期待していたサッカー交流では、最初の国民学校でのトレーニングで、日本人同士が固まり中国の生徒とコミュニケーションが取れず、試合の中でもうまく連携が取れませんでした。しかし、試合の中でゴールを決めたシーンがあり、その際に中国の生徒から「ナイスゴール」と声をかけられ、それをきっかけに自分からも声をかけ要求しあうことができました。次の魯能サッカー学校では、だいぶ中国になれたこともあり、積極的に自分からコミュニケーションを取ることができるようになりました。中国の選手は非常にフィジカルが強く、自分の弱さを感じることができ、今後の課題の一つになりました。また、サッカー交流で感じたことは、サッカーは言葉が通じなくともお互いが尊重し合うことで、お互いの良さを活かしてプレーできることなど、あらためてサッカーは人と人との友情を結ぶすばらしいスポーツだということを強く感じました。
また、今回の訪中の中で心に残ったことのひとつとして、やはりホームステイをあげたいと思います。ホームステイ先を決定される瞬間はとても緊張する瞬間でした。私は初めて会ったとき、日本語で「こんにちは」と挨拶されたのに対して、緊張していたせいで、思わず「あっどうも」と言ってしまい最初からつまずきました。生活の中では英語で話しかけ合いながらまた、自分もボディランゲージや英語で必死に伝えようと頑張りました。一番楽しかったのは夕食で彼の友人も集まり、日本の漫画や音楽のことサッカーについてもたくさん話をし、日本語を教えたり一緒にギャグを言うなどとても楽しい時間を過ごすことができました。また、彼らの通う学校も訪問し、学校の活動や施設を見学させてもらいましたが、その際工作室みたいな教室に、日本のアニメのイラストがたくさんあり、中国では日本のアニメが親しまれているのだと言うことに気づき、少し嬉しさと親近感も感じました。
最終日彼らとの別れの際、写真を撮ったりメルアドを交換しているうちに、私はだんだん別れがつらくなり涙が出ました。英語で必死に「楽しい時間をありがとう」「絶対日本に来てください」と伝えると彼らも涙目でした。私はこの訪中交流で中国の方々の温かい心を知り、そして歴史ある建造物・歌や楽器演奏などを観て、中国文化のすばらしさも知ることができました。また、サッカー交流では「自分からの一言」が大切なこと、コミュニケーションの重要性を学ぶことができました。この経験は自分の人生の中で貴重な期間であったこと、そして、このような機会を与えてくださった方々に感謝の気持ちで一杯です。最後になりますが、今回引率してくださった北上翔南高校の久保先生が言われていた「創造力をふくらませて、見えないところで自分たちを支えてくれている人たちにも、感謝しなさい」という言葉を、今後の人生においても忘れることなく、常に感謝の気持ちを持ち続けていきたいと思います。
(岩手県1年男)
「きずな(絆)」
僕は、12月5日から1週間、日中サッカー交流に参加してきました。行く前は、不安ばかりでした。初めての海外旅行で言葉の違いや治安の悪さなど正直中国のイメージはあまり良くありませんでした。また、一緒に行く高校生たちと1週間仲良く過ごせるのか不安だらけの出発でした。
1日目の朝、集合場所に集合したときには、会話もなくバスで東京に向かいました。成田のホテルに1泊した時、僕は友達をたくさん作ろうという目標をたてていました。
次の日、北京に飛び立ちました。着いたとたんとても寒いと思いました。すぐ世界遺産の万里の長城の見学にいきました。写真で見るよりも偉大でとても感動しました。午後からサッカー交流がありました。日本人6人中国人5人で試合をしました。アップの時も会話のない僕たちは試合が始まると徐々に声を掛け合うようになってきました。言葉の通じない中国の人達とも笑顔でプレーできるようになっていきました。そしてその夜、歓迎会がありました。中国の人達はとても優しく僕たちに接してくれました。
次の日は博物館を見学した後、空港に向かいました。山東省に行くはずでしたが、大雪のために飛行機が飛べず、次の日山東省に行くことになりました。そこで2回目のサッカー交流をしました。1回目の時と同じメンバーで試合をしました。チームの人達とも普通に話せるようになり、楽しいサッカー交流をすることが出来ました。改めてスポーツというのはすばらしいものだと感じました。その後はすぐにホームスティ先の人達との合流場所にバスで向かいました。ホームスティ先は一人一人違うのでバスの中で不安と緊張でいっぱいでした。バスからおりると僕を温かく出迎えてくれました。ホームスティ先はお父さん、お母さん、16歳の高校生ジャッキー、1歳の赤ちゃんの4人暮らしの家庭でした。昼食はジャッキーの家族につれられてレストランに行きました。北京ダックなどごちそうになりました。会話はすべて英語でした。中国では英語を小学校1年生から勉強していると聞きました。その後、ジャッキーに連れられデパートに行ったらジャッキーの友達とその家にホームスティしている宮城県の友達がいました。そして大勢でカラオケボックスに行きました。楽しい時間を過ごし、連絡先の交換もしました。
次の日のジャッキーの家族との別れの時はとてもつらかったです。たった1日なのにこんな気持ちになった自分に驚きました。とても有意義な時間を過ごしたと思います。
最終日は、東京から仙台までバスで帰ってきました。バスの中ではみんなで話しをし、楽しい時間を過ごせました。そしてみんなとの別れの時間が近くになるにつれてもっとみんなと一緒にいたいと思うようになりました。僕は出発の朝、先生が言ってた言葉を思い出しました。
「最後には、絶対仲良くなるんだから今から恥ずかしがらずに声かけしろ。時間がもったいなかったと後で後悔することになるぞ。」
という言葉です。本当にその通りでした。僕たちは交流することにより、中国、日本と国を関係なく離れていても強い絆で結ばれたように思います。
今までサッカーを続けてきてよかったです。そして、日中サッカー交流に参加できて一生忘れられない貴重な体験になりました。
(宮城県2年男)
「中国で感じたこと」
今回の企画に参加できると聞いた時は、さまざまな期待感がありましたが、それ以上の不安もありました。自分は人見知りなので、このような思いが出てきたんだと思います。人見知りがあってはいけないので、今回の企画をきっかけに克服したいと思っていました。中国訪問を振り返ると、本当に濃い1週間だったと思います。もちろんサッカーや世界遺産見学もその理由の一つに上げられると思いますが、団体行動を行ったことによって社会で生活するために必要なことを再確認することができました。周りを観察し、考えて行動する事が本当に大切だと思いました。
言葉の通じない中でのサッカー交流やホームスティは、とても印象に残っています。サッカー交流は、日中混合チームで行いましたが、日中対抗戦をやってみても面白かったと思いました。また、チーム分けもポジションのばらつきをなくした方がもっとスムーズに進められると思いました。ホームスティは自分自身にとってとてもよい経験になりました。旅のしおりにも書いてあった通り、伝えようとする姿勢と耳を傾ける姿勢が大切というこうことがわかりました。言葉の壁を乗り越えることは出来ませんでしたが、互いに打ち解けるのは時間はかかりませんでした。このホームスティで人の温かさを感じることができました。
自分はこの1週間で多くのことを学び、多くのこと感じそして考え、物事の捉え方を変えることができたと思っています。中国の印象も変わりました。固定観念を持つのではなく、自分の肌で感じ考えることで人として成長できるのだと思いました。時間の大切さ、ミスを恐れずにチャレンジすることの大切さ、団体を乱さないこと、コミュニケーションを取る大切さなど書き切れない程すばらしいことを学びました。今回の中国訪問は終わりとなりましたが、書き切れなかった思いや出来事は心にしっかり残っているので、今後の生活に生かしていきたいと思います。人見知り克服に良い経験になったと思うので、今後もミスを恐れずにチャレンジしていきたいです。今回は、このような機会を与えていただき本当にありがとうございました。
(宮城県1年男)
「中国を訪問して」
私は訪中する以前は、正直中国という国に対してあまり良いイメージを持っていませんでした。というのも環境問題に消極的だったり、食品の安全管理がずさんだったり、治安が悪かったり、と思っていたからです。
ところが、実際に現地を訪れてイメージがガラッと変わりました。歴史を重んじていて、自国の文化を大切にし、とても活気がありました。特に印象が強かったのが、とても優しく接してくれたことです。自分達のために歓迎会をたくさん催してくれたりもしました。
また今回、初めての試みのサッカー交流では中国の選手は技術レベルが高く、学べることがたくさんありました。技術面だけではなく別なことも学ぶことができました。それは言葉が話せなくてもボール一つでコミュニケーションがとれるということです。このように、今回のサッカー交流はものすごく私のためになりました。
そして、特に思い出になったのはホームステイです。自分は最初、そのことで頭がいっぱいでした。ホストファミリーはどんな人たちだろう、どんな料理がいただけるのだろう、と期待する半面、たった1日とはいえ、コミュニケーションがちゃんと取れるかなど、不安に思う気持ちも小さくはありませんでした。
いざホストファミリーと対面してみると、そんな不安は消え去りました。自分のホームステイ先の生徒は自分の一つ下の男の子でした。バスを降りた僕を見るなり、彼は僕の手を取り、「こんにちは。」とやさしく微笑みながら話しかけてくれました。家に帰ってからは、彼は僕をいろんな場所へと案内してくれました。近くの公園や博物館、ショッピングセンター、限られた時間の中で、本当にたくさんの貴重な体験をさせていただきました。また、このホームステイをしたことで、中国独自の文化にも大いに触れることができました。客人を心からもてなそうとする意識の高さは、私たち日本人にとって、学ぶべきことであると感じました。
(福島県2年男)
「日中サッカー交流を通して」
最初にこの話を頂いたときに、こんなにありがたい話は二度とないと思い率直に行きたいと思いました。しかし、それと共に不安も感じました。中国という国に対してあまりいい印象を持っていませんでしたし、1週間も海外で生活することに不安を感じました。しかし、実際に中国に行くとその不安はなくなり充実した毎日を過ごすことができました。
今回の旅行で一番思い出深いのはサッカー交流です。中国の選手と言葉が通じないという状況の中でコミュニケーションがとれるかという不安もありましたが、英語や体を使ったジェスチャーなどでうまく交流ができました。そして、中国選手の要求やパスのタイミング、自分の要求やパスを受けたいタイミングなどがわかったり伝わったりしたのでまったく不自由なく試合をすることができました。中国の高校生はサッカーが上手な人が多く、とても勉強になりこれからのサッカー人生にプラスになりました。
また、ホームステイは一番苦労したと言っても過言ではありません。ホームステイ先のホストファミリーは、みんな日本語は話せないので、コミュニケーションは英語とジェスチャーでした。ある程度の会話は出来たのですが、日本での日常のように会話をすることはできませんでした。ホストファミリーは本当に英語が上手で自分の英語力のなさと言葉の壁を思い知らされました。今では、英語をもっと上手に話せるようになりたいという気持ちになり、英語に対してもっと興味を持つようになりました。そしてホストファミリーの高校生との交流は特に楽しく有意義なものでした。
私がこのような素晴らしい経験ができたのも親や、日中友好会館、日本サッカー協会の皆様、引率の先生方などの私たちを支えてくれた人のおかげだと感じています。私に大きな人生経験をさせてくださった人全員に感謝しながら、今回の経験を無駄にしないように生活面でもサッカー面でも頑張っていきたいです。
(福島県2年男)
「日中サッカー交流」
私は今回、福島県の代表として中国の高校生とサッカー交流を目的として中国を訪問させていただきました。そこで私は三つの目標をたてました。
一つ目は、中国の文化を学ぶということです。そして、世界遺産である万里の長城やラストエンペラーという映画の舞台にもなっている故宮博物院などを実際に見て、その場の雰囲気などを感じることができ中国の歴史や文化について学べました。
二つ目は、サッカー交流を楽しむことです。北京市八一中学と山東省にある魯能泰山サッカー学校の皆さんと交流しました。始めは言葉が通じないので不安なこともありましたがジェスチャーで意思疎通をすることができ、味方がゴールを決めるとみんなでハイタッチをするなどとても楽しむことができました。またどちらの高校もサッカーでとても有名なところなので、レベルも高く同じサッカーをする人間として色々学ぶことができとても貴重な体験をすることができました。
三つ目は中国で友達を作ることです。今回はホームステイがあり私は人見知りをするので実際はとても不安でいっぱいでした。しかし中国の方々はとてもフレンドリーで優しいので私がお世話になったホストファミリーにも人見知りをすることがなく言葉は通じませんが英語やジェスチャーを交えながら会話をして一緒に買い物や食事をしたり最後はアドレスを交換して写真を撮ったりととても仲良くなれました。
私は三つの目標を達成することができ、実際は書ききれないほどのたくさんの思い出を作ることができました。これも全て日本サッカー協会、日中友好会館、先生方、その他たくさんの方々のおかげです。本当にありがとうごさいました。これからは今回の旅で得たことを糧にして頑張りたいと思います。
(福島県3年男)
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